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チャーハンスイーツライティングブログ

音の無い世界

一瞬だけ、ワタシの世界から音が消滅した。

カリカリが減ってないのを確認して、食べさせようと専用クーラーの前で机に突っ伏して寝る学生のような体勢のネコを起こしにいく。

イキナリもちあげて起こすのも気がひけるので、まずは眉間あたりをなでる。リアクションが薄いの手をさわる。それでも思ったようなリアクションが得られないので、手を持ち上げて上半身を開かせる。

ん?

こんだけいじくり倒してるのに、カラダに力が入らない。も、もしかして死にかけてる?!そう思った瞬間、ワタシの世界から音が消えた。頭の中は「わわわわわわわわわわわ」と「わ」でいっぱいになった。

自分でもなんでそうしたのかわからないけど、閉じた目をおもくそあけた。するとネコのカラダに力がはいり、あくびをした。

死ぬかと思った(ワタシが)。

志ん朝さんは生きている

「人はいつ死ぬと思う?・・・人に忘れられたときさ」ワンピースにでてくるDr.ヒルルクの言葉だ。はじめて聞いたのは何年も前で、当時は「はぁ。そうなのかも」としか思わなかった。

最近は台所にたってる時間、ずっと古今亭志ん朝さんの落語をきいている。そのせいか、番組表で「博多・天神落語まつり」とみたときに、自然と「志ん朝さんはでるかな?」なんて思ってしまった。とっくに亡くなってるのに。

毎日、志ん朝さんの声を聞くことでその存在を忘れることなく、当然生きてる、そんな感覚になっていた。

「人はいつ死ぬと思う?・・・人に忘れられたときさ」が数年の時を経て、腹におちた。

様々な神様への注文

この時期にしてはめずらしく、涼しめの風がふく。それも、まあまあ強い。

これは大変ありがたいことで、自然の神様、風の神様、ピクルスの神様など様々な神様に感謝しかないんだけど、1つだけ注文したいことがある。

方角だ。

その方角に吹かれても一切部屋にはいってこない。これでは無いも同然。いや、無いほうがまだマシ。

網戸越しに見える景色、風にたなびくシェードやすだれ、手をのばせば届くところにこのカラダをクールダウンさせる風が流れてると考えるだけで逆上、体感温度は2℃上昇。もったいないさに潰されそうになりながらエアコンのリモコンを探した。

できそこないの世界

いま思えば、2階にある図書館にいくのに、エレベーターをつかったところから時空が歪んだような気がする。

ここ数年はかならず階段、しかも一段飛ばしというよくわからないストイックさを発揮して上がっていってたのに、今日は具体的な体調不良もないのに「こんだけ暑いしたまにはエレベーターもありやろ」なノリでエレベーターにのった。

ウチをでたついでにセール品のウスターソースを買いにスーパーにも寄った。犬のように舌をダランとたらしたおじいちゃんのうしろに並び、自分の番がきたとこでレジのおばちゃんに言われる。「これはぁ1,000円以上お買い上げいただかないとー」。耳を赤くして店を出た。

ここまで来たんだ、近所のスーパーで自転車の空気をいれて帰ろう。チャリとチャリ、ジジイとババアの間をすりぬけて空気入れの場所にいくとこう書いてた。「故障中」。うつむいたまま自転車をこぎだした。

ふだん乗らないエレベーターをつかったところで別の世界の扉がひらいた。しかもできそこないの世界、そんな感覚だった。

正しいそうめん

今年初の油そば風そうめんを食べながら「きのう何食べた?」にでてきた「いい食パンを食べたら元にはもどれない」というはなしを思い出す。

最近食べてたそうめんは、叔母からもらったもので、木箱にはいったえらそうなヤツ。ズルっとすすって飲み込む、ノドでそうめん1本1本を感じて「あ、そうめんって本来こういうもんやった、そやったそやった」と、大きくうなずく。これぞ正しいそうめんだ。

そんな正しいそうめんも終わり、普段から食べてるサンディ(近所のディスカウントスーパー)のそうめんを食べたときにわいてくるのが「あんた、ほんまにそうめん?」という疑いだった。口がこえるって怖い。

世の中にはサンディレベルのそうめんしか知らずに死んでいく人がいる、そう思うといたたまれない気持ちになるし、サンディレベルのそうめんを知らずに正しいそうめんだけを食べて死んでいく人がいると思うと「それはそれで不幸」と強引にマウンティングする自分が情けない。

切り離された世界

中村屋の前で野菜を目の前にして悩むシロさんのように、中国人の八百屋でどのキャベツにしようか悩んでると、左から声がきこえた。

八百屋の左隣の美容院が閉店するようで、オーナーっぽいおばちゃんとスタッフっぽい人が扉の鍵をかける。そこに顔なじみっぽいおばちゃんがオーナーに声をかけていた。

「奥さん、しめはんの?」 「・・・・」 「いやぁ、そうなんや」 「・・・・」

人が無視されるのは、なにも珍しいことではない。子どものころから数え切れないほど見てきたし、自分もしたことがあった。でも、ここまで温度のない無視ははじめてみた。

話しかけられたオーナーは無視したあと、声がする方向をみることなく、スタッフに話しかける。その光景は無視というレベルではなく、映画「アンダーグラウンド」のラストシーンのように世界を切り離した、といったほうがいいのかもしれない。

2人の関係はわからないけど、この切り離しっぷりからすると、話しかけたおばちゃんが理不尽な理由でお店を逆恨み。あることないことを近所に言いふらした結果、客足は途絶え、2ヶ月後、とうとう閉店ってことになったはずだ。

「さすがにそれは考えすぎやろ」と思うかも知れないけど、そんな理由じゃないとあそこまで人を世界から切り離すことはできるはずがない。

近所に住むおじいちゃんH

図書館で落語のCDを返却、スーパーで買い物ついでに午前中から歩く。

しかしHさんである。

交差点の向こうからやってきたのでアイサツをしようと思ったら別人、せまい歩道のはしを歩いてくるからアイサツしようとしたら別人、スーパーですれ違いそうになりアイサツしようとしたら別人。

別人が本人なんじゃないかと混乱するほどに別人。

そもそもHさんのビジュアルがよくない。ジーンズに農家のおっちゃんが着てそうなガラありの襟付きシャツ。それにキャップだ。日本の70代男性の65%がそんな格好だ。

特にキャップがよくない。人の顔を識別するのに重要な目がキャップのツバでよく見えない。だからめちゃくちゃ接近しないと本人か別人か判別できないんだ。

Hさんには即刻キャップを卒業してもらい、オデコに「H」といれてほしい。

理想的な会話

店内はどこを行くにも人とすれちがい、豚肉を手にとるにもすこし待たないといけないほどの人人人。

買ったモノを袋にうつす台ももちろん混んでいて、少しの隙間を発見してとなりいたおばあちゃんに、「おじゃまします」とアイサツしたのをきっかけに「こんでますね」と会話がスタートした。

「この時間はいつもこんなに混んでるんですか?」 「そうなんです。今日は卵や安いし、ここのはモノがいいから」 「そうなんですか」 「近所やからよくくるんです」 「うらやましいです」

ワタシのほうが早く済んだので「お先に失礼します」と言って去ろうとする。お互いに目の前の袋詰作業しながらの会話だったので目をあわせることはなかったけど、最後にこちらをしっかりみて「おきをつけて」と品よく別れのアイサツをしてくれたので、「ありがとうございます」と言って店をでた。

理想的なスーパーでの会話に気分がよくなった。

迷走ウォーキング

いびつなルートを歩くことになったのは曇天のせいでした。

雨が降ってなかったのでウォーキングに出かけたが、今降ってないだけでいつ降られるかわからない。そんな不安から10分もたってないのに頭の中はずっとウチに向かっていた。

でもせっかく出てきたのに帰るのはもったいない。まだ降ってないし。でもそろそろ降るんじゃないかあ。

そんな心配をしながら歩いたもんだから、ウチからそんなに離れられなかった。ウォーキングのルートをGoogleマップにかさねたらジグザグで、心の迷いがハッキリ見えたはず。

もちろん一度も降らなかった。

Wコウジ・東野幸治の涙

松ちゃんの自分が感じる違和感、視聴者が感じてる違和感をしっかり察知してこたえる能力、これにはまいど歓心。

「会見をしたからすぐにテレビに戻れるとかそういう話ではない」「大崎洋は兄のようなもの、あの人がやめたら自分もやめる」「芸人はみんなどこかでお笑いに助けられた部分があるはず」など、テレビタレントとしての優れたバランス感覚を見せつけられた。

そんななか、一番驚いたのが東野の涙だった。

会見のVTRをみてるときにもワイプの中の東野は何度かうつむき、え?もしかして?と思っていたが、VTRが終わって話してるときにフツーに涙を流していた。

「普段泣けへん東野が泣いてるのみて泣けてくる」と涙を流さず洗濯物を干した。

渡瀬恒彦が恋しくなる「特捜9 シーズン2」

はじまってすぐに、この人が犯人だな、出演者のなかでは有名なほうだし、みたいなのがあるけど二転三転してまったく別の人ってのがいつものことで、そこはすごいなーと歓心するんだけど、爽快感がそこにはないかわったドラマ。

「真実!正義!」と顔を赤くしてツバして叫ぶところが少々ウザいけど、刑事ドラマにはめずらしいホノボノ感は健在。

ルビーの指輪のおいちゃんは、悪くないんだけど、みるたびに加納倫太郎(演:渡瀬恒彦)を思い出す。あのとぼけた感じが好きだっただけにほんと残念だし、またお目にかかりたい。

しかし日本のドラマ全体にいえることだけど、主題歌もうちょいどうにかならんか。薄暗く、重い空気の取調室で犯人とシリアスに話してると明るくハツラツとした声で「♪ある日願いが叶ったんだ~ぁ」と流れてくると、積み上げた世界観は袋の隅にたまったポテチのように粉々になる。

スピンオフで「名探偵ミチコちゃーん」求む。みるかどうかは別だけど。

視聴者より芸人に火をつけたであろう「粗品tv」

たぶん「かーちゃん」ってイントネーションと、マザコン気味なとこ、お笑いを愛してるというより信じてるところ、笑いの量より芸人としての生き様、人柄が好きな霜降り明星粗品がR-1優勝のご褒美番組。

商店街でつっこみまくる、という内容だと理解していたが、おかしい。5分ほどすすむと一番最初にもどる。最初はそいういう構成なのだろうと思ったけど、2度3度繰り返したところで放送事故の香りがただよい、不安になってきたので早送りをする。それでもまだ繰り返す。

あれ?ツッコミが違う?それに気づいて早送りをやめて戻すと、なんだか計算されたループっぽいことに気づき寒気。

ご褒美番組でここまで作り込んでくる粗品のお笑い愛と、苦情必至の構成を流す関西テレビに感動。

ループから抜け出せない構成は、何度チャレンジしても優勝できないR-1時代を表現したという深みと愛情しみでる解釈があり、ミーハーな自分を恥じた。

芸能界やWWEをみてると、小さなチャンスを毎回ものにする、そいういう人達が出続けてると感じる。粗品は今回与えられたチャンスを全力でものにした。

粗品にとって本望ではないと思うけど、お笑いよりむしろ感動があった。

どこかスベってる「止められるか、俺たちを」

ワタシが知ってる有名人で、交通事故で死んだのはこの人くらいだろう。

若松監督の若いころの映画、そんな印象をもってみはじめたけど、実際は吉積めぐみ(門脇麦)を中心としたタバコがけむい昭和純潔青春ストーリーなだけで特に感想がないので、気になった人のことだけ書いてみる。

若松監督(井浦新)は時代と純粋さが生んだ左翼。しかし意外だけど周りはわりと冷めてる感じがあった。そして、そこ描いちゃうだみたいな。

吉積めぐみの自殺はあっけない。そのあっけなさに若さと苦悩を感じた。なんてまちがってもわかった気になってはいけないとも感じた。妊娠、漠然とした不安、親に最後の電話、睡眠薬と酒。なんの新しさもなかったけど、やけに印象にのこる最後だった。

一番印象にのこったのは秋山道男タモト清嵐)、通称オバケ。なにがってのをあげることができないが、一重の小さな目の奥になにか得体のしれないものを感じる。脱力系の歌もクセになりそう。

ストーリーはイマイチだけど世界観は好き、といったことがたまにあるけど、この作品にかぎってはスタンダードなイマイチ。でも、登場人物はそれぞれ味があった。若松監督以外。

胸焼けタイムライン

Twitterをみてると胸焼けするようになってきた。参院選と韓国輸出規制関連の話題がタイムラインをにぎわせてる。このままみてると、まずは視力低下、つづいて握力低下、最終的には頭蓋骨と脳の隙間が広がって脳がとけるってことになりそうだ。

そもそも脳溶かしのタイムラインはワタシの興味のおもむくままにフォローした結果であり、自己責任以外の言葉がみつからない。

ということで脂っこい政治系のツイート乱発する御仁はミュートした。この『ミュート』ってところにワタシの小物感がつまってる。

フォローをはずすと、あとで恋しくなったときに探さなくてはいけない、みつからないかもしれない、タイムラインが寂しい、となるからミュートなのだ。あぁ、情けない。

残したアカウントは弁護士、WOWOWなどの公式、医者、プロレス関連、芸能関係、少々のジャーナリスト。エグミのぬけた無味無臭のタイムラインは、いまのところ物足りない。

3点のオチ

夕方、ウォーキング。

線路沿いを歩き、A神社へ。なんとなく手を洗いたくなって手水場にいくと龍の威厳が半減するような水の勢い。チョロチョロ。

まあまあ、水はチョロチョロでもある程度たまってるんだろうと近づくと小雨の水たまりくらいしかない。これじゃすくえない。

このときの欲求不満だけでB神社へいくことにする。

こちらは、やっぱチョロチョロ。龍が「こんな情けない姿をさらし続けるんなら殺してくれ!」と涙目になるくらいだ。

そんな状況だからあきらめようかと思ったが、最初はちょっと洗いたいな程度だった手も、ここまでくると手に見えないマクがはっていて気持ち悪い、1秒でもはやくスッキリしたい、そんなレベルまできてたので興奮気味に手水場をのぞきこむ。

すくえるくらいはたまっていた。ガッカリした。流れ的に「たまってない」が正解やったんちゃうんかと。